地区の敬老のお祝い会に参加

9月13日(土)に連合町内会の「敬老の集い」がありました。

翌14(日)は町内会の「敬老祝賀会」がありました。

参加者の中で、97歳の父は最高齢です。

13日の連合町内会の「敬老の集い」へ向うときは、近所のOさんが車を出してくれました。

会場ではお赤飯とお茶(ペットボトル)が渡されました。

「誰もお赤飯を食べないんだよ。お茶も飲まない。皆、まっすぐ舞台の演目を見ているんだ。」

父としてはお赤飯を食べながら、中学生の合唱や三味線の演奏を聞きたかったようです。

私は、「敬老の集い」が終わる時間帯に合わせて会場に行き、父と一緒にタクシーに乗って帰宅しました。

ところが、赤飯とお茶をタクシーの中に置き忘れて下車してしまいました。

家に上がってそれを知った父は、
「あー、悔しい。最後に失敗した。台無しになった。」といって残念がることしきりです。

タクシー会社に電話して確認することもできましたが、私の都合でタクシー会社まで取りに行くことができません。
父には「タクシー会社に確認してみるから、きっと戻ってくるよ。」と言い聞かせました。

私はスーパーで赤飯を購入して、明日、それを父のところに持って行こうと思っていました。

自宅に帰り妻にそのことを話すと、ちょうど赤飯の材料(もち米やささげ)を買ったところなので、おじいちゃんにお赤飯を作ってあげる、と言ってくれました。

翌日、
「お赤飯は虹情報研修センターにあったよ。お赤飯を温めて持ってきたから食べてね。」
と言って渡しました。
すると、
「あったか!ありがたい。」
そういうと
「ばーちゃん、かおりちゃん、お赤飯あったって。」と二人の遺影に向かって手を合わせました。

嘘も方便。
今の父にとって、不安なこと、悔やまれることなどのマイナス要因があると、マイナスがどんどん増幅され、自分を苦しめることになります。
父が安心するのなら、多少の「嘘」は仕方ありません。

14(日)の町内会の「敬老祝賀会」は、とても楽しかったようです。
「一番最初に”別れの一本杉”を歌った。(率先して)皆をひっぱっていったよ。」

来週23日に我が家で父を囲んで「食事会」をします。
1週間遅れですが、我が家で敬老を祝賀して、父を敬いたいと思います。

連合町内会の「敬老の集い」のお迎えに行ったときに、父は「超高齢者」なのだということをあらためて認識させられました。
父が会場から出てくるときに「敬老の集い」の参加者に父が転ばないように脇を抱えられて出てきました。
足元のおぼつかない父を見かねて、自分も高齢者なのに父の補助をしてくれました。
父に比べると「敬老の集い」の参加者達が、若人(わこうど)にすら見えてきます。
タクシーを待つ間も、立っているのが辛そうです。
「立つ」ことをしっかり意識していないと、倒れそうになるようです。
会場のイスを借りることができたのでよかったのですが、こうした父を見て、来年の「敬老の集い」の参加は父にとって大変に大きな挑戦なのだと思いました。

大きな挑戦ですが、来年も「敬老の集い」に参加できるよう、私も父と一緒にチャレンジしていきましょう。

タイトルとURLをコピーしました