4月に入ってから、食が細くなり、新聞の切り抜きをしない日が出てきたり、布団の中での失禁が増えたり、デイサービスでも横になっている時間が増えたり(カラオケには参加しています)と衰えが目立つようになりました。
戦争中の事、東急バスの時代の事、片山先生の運転手をしていた頃の事などをよく話していたものでしたが、そんな過去の体験話もしなくなりました。
いままでは、年齢の割に頭はシッカリしていた方ですが、衰えが目立つようになってきました。
食欲の減退も、素人判断は禁物ですが、脳の萎縮が原因かもしれないと思っています。
アルツハイマー型認知症だった母も食事を受け付けなくなり、父が何とか食べさせようと父自ら食事を作り、あの手この手を使って母に食べさせようとしていたのを思い出します。
「生きることは、食べること。」と母によく言い聞かせていました。
その父が段々と母の様になってきたように思います。
このような父の変化に気付く小さな節目がいくつかありましたが、全体しては、死へ向かっていることは間違いありません。
私としては、父に穏やかな「死」を迎えさせてあげたいと思っています。
今すぐにその時期が到来するというわけではありませんが、父の年齢を考慮すると、いつその時期が来ても良いように、準備する時期になったと思っています。
私が考える「穏やかな死」とは、一言で言うと、「最後は自然に任せる」です。
無理な延命治療(点滴、胃ろう、中心栄養静脈など)をしない。
救急車は呼ばない。(救急車で運ばれたら病院は治療せざるを得ない)
寿命が尽きようとし、消化や吸収の働きが停止しそうになったとき、静かに見守ってあげようと思います。
そのためには、在宅医療を提供する医療機関を利用する必要があります。
「機能強化型在宅療養支援診療所」と「在宅医(訪問診療医)」があります。
看取りまで安心して任せたい場合は「機能強化型在宅療養支援診療所」を選ぶのが最も安全だそうです。
理由は:
- 24時間365日の緊急対応
- 看取りの実績が多い
- 複数医師体制で休診日がない
- 訪問看護との連携が強い
という 在宅医療の“中核” を担うクリニックだからです。
自宅に定期的に来てくれる在宅医(訪問診療医)は、選ぶときに注意が必要です。
在宅医(訪問診療医)は
・月2回以上の定期訪問
・病状管理、薬の処方
・必要に応じて訪問看護を指示
を行ってくれますが、注意点があります。
● 注意点
・24時間対応が弱い
・看取り経験が少ない
・医師が1人だけで休診日がある(←これって看取りにならないよ!)
というクリニックもあるそうです。
「認知症は決断」長谷川嘉哉著という書籍を購入したりして、いろいろと情報を仕入れているところです。
70,000件以上の訪問診療、1,000人以上の看取りを実践した著者ならではの、患者と患者を介護する家族の立場に立った有益な内容が掲載されています。
来週、ケアマネジャーとの面談があるので、私の地域で利用できる「機能強化型在宅療養支援診療所」について、アドバイスを受けようと思います。
まずは、シッカリ勉強しておきましょう。
私一人で決められることではないので、私の思いの整理がつき、具体的にどうするのが良いのかがまとまったら、家族や親族にも、話をしたいと思っています。
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「認知症は決断」長谷川嘉哉著の要約・抜粋
●最後は自然に任せる
●終末期に入ったら、回復することを求めない
●どんな病気のときも、老衰でも同じなんですけど、ある段階を過ぎたら、治療をしても回復しない段階が必ずやってきます。その段階を「終末期」というんですけども。終末期に入ったら、余計な治療をしない。そうすれば、ヒトっておだやかに死ねるんです。でも、ここで治療をしようとすると、患者さんは苦しむことになります。
●ほとんど寝たきりになって、肉体の寿命が尽きる寸前になると、ある兆候が現れます。それが、食べられなくなる、ということです。
肉体の寿命が尽きるとき、身体は終焉に向かって、徐々にその機能を停止させていきます。消化や吸収の機能も停止していきます。それに伴って、食べる量も、飲む量も、少しずつ減って行くんですね。
だいたい死の2週間くらい前から、患者さんは徐々に食べられなくなって、そのうち食事そのものが認識できなくなります。やがて水も飲めなくなって、飲ませてもむせるようになるんですね。それが、自然な終わりの姿です。
●・・ご家族でも、患者さんが水も飲めない段階になってくると、「食べられないのはともかく、飲めないのはのどが渇いてつらそうだから、せめて点滴ぐらいしてあげたほうが、本人がラクなんじゃないですか?」と言うことがあって。
●ところが、ヒトって脱水状態が続くと、脳内にモルヒネ様物質が分泌されるそうなんです。モルヒネって、終末期のがん患者さんの痛みを緩和するために処方されるやつですね。脱水状態が続くと、これに似た物質が脳内で分泌されて、フワフワとした幸せな気持ちになるといわれています。だから、健康な人が思うほど、苦しくないみたいなんですね。
●それに、飲めなくなった段階というのは、体が水分を処理できなくなった段階です。ここで点滴をすると、余分な水分が体に溜まり、やがて肺も水びたしになります。すると患者さんは常におぼれているような状態になるので、ものすごく苦しいです。余分な水分のせいで痰も出やすくなって、むせやすくなるし・・・・・結局のところ、この期に及んでする点滴って、患者さんにとって苦痛でしかないんです。
●そして、胃ろうが自然な死を妨げる。胃ろうをすると普通の介護施設で診てもらえなくなる。中心静脈栄養もしない。実は胃ろうより中心静脈栄養の方が、患者さんの身体にかかる負担が遥かに大きい。
どちらも(胃ろう・中心静脈栄養)選ばないという選択を勧めています。
さらに
危篤の際は病院へ運ばない。救急車も呼ばないことを勧めています。
病院では「治療をしない」が許されない、からです。
●私は何度もお伝えしているように、高齢で肉体の寿命がほとんど尽きていて、そのせいでそろそろ亡くなるということがわかっている段階であれば、余計な医療を施さずに、自然かカタチでお見送りするのが一番いいと思っています。それが、患者さんのおだやかな死につながるからです。
